茶室「玄庵」

 

平成27(2019)年12月。

お電話でお会いするお約束をし、初めてお伺いしたクライアント宅では、亡父の話から始まりました。

 

父とは面識があったクライアントですが、私のことを知って戴いていたわけではなく、

本当に不思議な、唐突に訪れた偶然からご縁が繋がり、お伺いしてお話をお聞きすることになった時の話です。

 

その席では、父の話にはじまり、

小間を建てることを思い描いてはいたが、何をどうすればいいかわからなかった事、

ご自分で図面を描いて色々考えていること、

起こし絵図を作って夢を膨らませていたこと、

夢は夢…と儚く消えかかったこと、

そして、再び沸き上がった実現への期待、唐突な偶然、…と、

ここに至る一通りの流れをお話し戴きました。

 

ちょっと気持ちが入ったのが、 

起こし絵図をご自分で作った…という部分。

 

これはなかなかの方かも知れない…と思い、

具体的にどんなお茶室を考えておられるかをお聞きすると、

「ニ畳」…ときっぱり。

 

古いお茶室には一畳台目やニ帖のお茶室もありますが、

現代のお茶室で、かつ、これまでお茶室を建てたい…というお話をお聞きしてきた中でも、

ニ畳の小間を建てたい…というお話は、ほとんど聞いたことがありません。

「これは、相当な数寄者の方なのかな?」

…と、ちょっと身構えたのをよく覚えています。

  

この日、ご自宅の近くにあるお稽古場や

お稽古場の上につくられた、こじんまりとした音楽ホールを見学させて戴きました。

この音楽ホールでは、定期的に演奏会を開催されているそうです。

 

お茶の話、音楽の話…と、長時間にわたりたくさんのお話をお聞きしました。

そして、ご主人の博識やご夫婦の多才なご活動に感心し、尊敬し、お二人のお人柄に惹かれ、

ちょっと身構えたこと等すっかり忘れて、次の提案のお約束をして帰りました。

 

次の提案は、

まずは長年考えておられたプランにできるだけ近いプランを提案したかったので、

打合せで見せて戴き、記憶の片隅に置いたいくつかのプランのいいとこどりをしたプランを基本に、

そのプランの諸々の問題点のうち、小さな問題点のみを改善した案を作成しました。

 

二畳のお茶室での大きな問題点の改善は、否が応にも全体のプランに影響してしまうので、

大きな問題点は無理に改善はせずに、解決策を提案して話し合いながら改善していく方が、

ここまで考えてこられたことの延長と捉えて戴けるのではないか…という考えからです。

加えて、もう少し具体的なイメージをつかんで戴くためのイメージスケッチを添えて、

ともにフリ-ハンドでのプレゼンテーションとしました。

  

結果的には、このフリーハンドのスケッチによって、

漠然としたイメージを少しばかり具体的なものとしていただけたようで、

ここからゆっくりとこの計画が動き始めることになりました。

 

当初案からそれほど変わった印象はありませんでしたが、

振り返って当初案を見ると、やっぱりそれなりに変っていて、

話し合って来たこと、それにより改善してきたことの成果が感じ取れます。

  

こんな風に始まったお茶室の計画ですが、

昨年(2018年)の大阪北部地震や台風21号による影響で着工が遅れ、

加えて、工事が始まってからも諸般の事情で少しづつ遅れてしまい、ご迷惑をお掛けする結果となりました。

「結果的にはこのタイミングが調度よかった」…と、慰めの言葉を頂戴しておりますが、

無事に竣工式を迎えたのは、元号が令和に変った今年(2019年)の10月27日。

最初にお伺いしてから、ほぼ二年を要する大工事となってしまいました。

 

完成後は、披露の前の習礼の茶事にもお招きいただき、

私が関わった二畳という特別な空間でのお茶事という特別な体験にお招き戴けたこと、

二畳という空間の広さ、亭主との距離感を体験させて戴けたこと、

お茶事の時間の流れの中での室内の光と陰を感じ取ることが出来たこと、

緊張感を持ちながらそれでいて和気あいあいと、楽しくとても幸せな時間を共有させて戴けたことが、

とても貴重でありがたい経験となりました。

 

クライアントが二畳にこだわられたのは、敷地の広さという物理的な問題もありますが、

室内に居て、近すぎず遠すぎず…のこの距離感を求められての事だったのだ…ということが、

竣工後に頂戴した貴重な時間において感じることが出来たことは、

今後の私の考え方にも何かしらの影響があるような気がしています。

 

ただ、よく考えて見れば、マスタープランはクライアントが考えたものを修正しただけのもの。

そこから話し合い、改善を重ね、基本設計が決定し、詳細を図面化して着工しました。

着工後は、工務店との意見調整に加えて、クライアントとのお互いに引かない、相当なバトルを幾度となく繰り返し、

お互いの考えを一生懸命に咀嚼し、最良の着地点を探りながら徐々に出来上がって行った…という感覚なので、

ひょっとすると、私はそれほど大した事はしていないのかもしれません。 

 

最後に戴いたお手紙に次のようなことが書かれていました。

 

『これから年を重ねながら、ずっと長く自分らしいお茶事を続けていく小さな舞台として、

 私の心にしっくりくるお茶室を作っていただき、なんだか夢の続きを見ているようです。

 建築の素人の私のわがままにお付き合い下さり、時には妥協して下さり、

 時には直球でお考えを仰っていただき、そのやりとりはとても楽しくて、また貴重な時間でした。

 山下惠光宗匠の御本に「建築家は理論で施主を説得しようとするが、

 茶の亭主・施主の意志が通せるよう相互の力を出し切れた時に、良い茶室が生まれる。」

 というようなことが書いてありました。

 こんな素敵な小間「玄庵」ができあがったことに、心より満足しています。

 本当にほんとうに!ありがとうございました。』

 

結果的に「玄庵」の建設中は、文中の山下宗匠が書いておられるような形で進んだように思います。

建築家としての私の理論は怪しいものですが、

おそらくこの山下宗匠のお言葉が、クライアントの強さの源だったのでしょう。

 

今回のお仕事は、今までの私の建築の側からのものの見方だけではなく、

茶道という面からや音楽という面など、違った方面からの見方や設えをたくさん教えていただきました。

クライアントのお茶に対する真摯で細やかなお気持にも触れさせて戴き、

建築からの見方だけでは目に入らなかったことにも気づくことが出来ました。

 

そして、そのお気持ちを受け取り、建築に表現する事の難しさを改めて勉強させて戴きました。

今後もこの気持ちを忘れず、精進していきたいと思います。 

 

習礼の茶事の後の談笑時に、失礼ながらクライアントに、

私が今までお手伝いさせて戴いたクライアントの中でも、相当上位に入るぐらいのこだわりをお持ちですね…と申し上げると、

「私ですか?有難うございます。でもその言葉はそのままお返し致します…」と。

 

おかしいな…。

 

 

クライアントをはじめ、「玄庵」の建設に携わって戴いたすべての皆さんに深謝申し上げます。

 

 

施工:田尻工務店

 


現調


当初案


既存建物との関り方を確認するための、

 

途中段階のボリュームイメージ。

 



縄張り~基礎


仮組


建て方~現場写真


竣工式


竣工