習礼の茶事…2

 

昨日の続き。

 

 

次は、初炭の炭点前のあと。

 

 

お料理のはじまりを告げられ、この通い口の太鼓襖が閉められました。

 

そして、この先にある木戸が給仕のために開けられた瞬間に、

 

薄暗かった内部で、この太鼓襖が行燈のように劇的に浮かび上がりました。

 

この劇的さは想像以上でした。

 

 

実はこの太鼓襖は、当初普通の襖づくりの太鼓襖で打合せを終えていたのですが、

 

この光の透け具合を求めて、私の一存で奉書紙張に変更してもらいました。

 

 

本来の茶室での演出とは異なるのかも知れませんが、

 

薄暗い空間で始まる茶事においても、

 

明るすぎず暗すぎず、それでいて手元が少し明るくなって、

 

折角ご用意いただいたお料理も見えやすくなりました。

 

 

いい塩梅の明り採りになったと思います。

 

 

中立では、腰掛待合の方から射し込む光が、

 

思いの他強いことに驚きました。

 

 

季節によって、射し込む角度も強さもちがってくるのでしょう。

 

中立の時間では射し込まない季節があるのかもしれません。

 

ただこの日は、お隣の屋根に隠れるか隠れないかの光が、

 

丁度視線の方向から射し込み、特にまぶしく感じられました。

 

この強さがもう少し強く厳しくなると不快に感じられるので、

 

なにか対策が必要になるのかもしれません。

 

 

季節を通して観察する必要がありそうです。

 

 

次が最後です。

 

 

最後は、

 

薄茶のあと、最後の少々の談笑の時間に垣間見えた、

 

炉の火や飾られた柄杓、蓋置、そして射し込む光と影が物悲しげな雰囲気を醸し出していました。

 

 

この少し前、

 

お薄の点前をしながらご亭主が、

 

「お茶事も薄茶になると、名残惜しく寂しくなってくる」

 

…と言うお話をされていました。

 

そんなお話のあとだったので余計そう感じたのかもしれません。

 

 

でも、写真からもそんな雰囲気が感じ取れますよね。

 

 

お招きいただき、

 

とても楽しい時間を過ごさせて戴きました。

 

本当に有難うございました。

 

 

私のような不作法な客では、

 

役不足だったかもしれませんが、

 

本番の披露の席のために、

 

この習礼を幾ばくかでもお役に立てて戴けるものと信じたいです。

 

 

感謝。