この季節、いろんな展覧会があって、
だいたい6月初旬から中旬で展示替えになる美術館が多い。
だからこそ、行くなら閉幕までもう少し時間ある、今しかない。
人気の展覧会ならなおさら
…ということで、モネ展へ。
…と書き始めましたが、
モネ展とは関係のない、ちょっと気になったことを少しだけ。
読みたくない人は、 ↓ へ。
先日行った美術館では、
作家さんなのか、キュレーターなのかわかりませんが、
そんな数人の集団…が、
私が、機会があったら行こうかな…と思っていた、
別の博物館の展覧会についてのあまり良くない評価を、
その日見に行った美術館の展示を見ながら、
普通の声でしゃべっているのが聞こえてきた。
彼らは偶然、私が見ていた展示の横で足を止めたので、
しゃべっている内容は自然と私の耳に入り、
聞きたくもないその人の評価が聞こえてしまった。
人の評価なので気にはしないつもりなのだが、
耳に入ってしまったその人の言葉は先入観となり、
私程度の美術の知識の人間は、
よくも悪くもその先入観に引っ張られてしまうことはよくある話。
いい話ならどんどん引っ張ってくれてもいいんだけど、悪い話に引っ張られるのはね。
別の美術館の話なので、
そこで展示を見ている人にとっては関係のないと思っているのかもしれないが、
そこで展示を見ている方というのは、
専門知識があろうがなかろうが多少なりとも美術に関心を持っていて、
自分なりに楽しもうと思っている方のはず。
なかには、次はあそこに行ってみよう!…と思っている人もいるかもしれず、
行こうと思っている展覧会のあまり良くない評価を
美術の専門家のような方から聞く…とどんな気持ちになるか、
その職についているなら、
もう少し考えてみた方が良いのかもしれない。
その職に就いていないとしても、
美術館なんだから、廻りにはもう少し気を遣うべきであろう。
私は専門家ではないので、
展覧会って、展示そのものを見て楽しむことに加えて、
自分がどう感じているのかを、客観に見て楽しんでるんですよ。
だから、前情報もできるだけ曖昧でいいし、先入観なんていらないんです。
邪魔だけはしないで戴きたい。
そんなことを感じていたら、
彼らは足早に過ぎ去っていった。
どうやら私が見ていたとなりに展示されていた絵だけを見に来たらしかった。
…ということは、一瞬の偶然にめぐり合わせてしまったということ。
運が良いのか悪いのか…。
すみません。いきなり愚痴から入ってしまいました。
では今日の本題、モネ展。
当日の天気は ↓ 写真のとおりの快晴!

行ってみて思ったけど、
記憶にある京セラ美術館となにかがちょっと違っていたので、
たぶん改修してから初めてなんだと思う。
帰ってから調べると、リニューアルオープンが2020年の4月ということなので、
少なくとも、5年は言ってないということか。
まあ、人混みが嫌で、大きな展覧会は避ける傾向にあるから、そんなもんです。

さて、今回のモネ展は、
前情報として、
今回の展覧会は、『モネの睡蓮』という一般的なイメージとはちょっと違う印象…というのと、
あとは、
楕円の展示室がある…ということだけを聞いていて、
その他の情報はほとんど入れていない。

結論から言うと、
連作が多かったからなのかな、
抽象的に描いてあるものが、
隣に移ってみて、ああ、そういうことか…とわかったり。
なんか、楽しかったです。
晩年の作品だって、
本で見たことがあるからかもしれませんが、
当初の柔らかい色使いがはっきりした色使いに変わり、
抽象度が増してる…というだけで、
私には全く違和感がなかったですしね。
ある意味、
ちょっとした味変があって、逆に新鮮で楽しかったかも…と思えたぐらい。
私はね。
全体的にはね。

ただね、
第二章…の冒頭に『オテル・ビロン』でしたっけ…
没になった展示館計画の図面が展示されていて、
なぜかそこが空いてて、
その先が混んでたので、
必然的に、
そこに時間を掛けて、
ある程度しっかりと見てしまったんですよ。
図面もあったしね。
するとね、
ちょっと頭が切り変わっちゃったんです。たぶん。
ずっと、
モネだから…という訳ではないけど、
意識して曖昧に見ようとしていた思考が、
建築的な見方…というか、
ちょっとクリアな思考に変わっちゃってた。
最初は、自分では気が付いてなかったですけどね。
で、次の部屋が第3章。
楕円の部屋。
実は、
今回一番期待していたのが、ここ。
でもね、これがね、全くイメージが違ったんです。
イメージはね、やっぱり、
画像で見る「オレンジュリー美術館」の楕円の展示室だった訳ですよ。
もちろん、そんな大装飾画があるとは思っていませんが、
なんか期待しちゃってたんですよね。
どんなふうに展示してあるんだろうって?
だから、完全にイメージと違ってて、がっかり。

最初意味が分からなかったもん。
この楕円形の部屋の意味が…。
この前の部屋(第二章)で頭がクリアになってるから、
余計に印象がクリアに頭に飛び込んでくるわけで、
あれ?
なに?
この楕円の部屋で表現したかったのは何だったんだろう?…って。
2m×2mの大きな絵が点々と展示されていたって、
その大きさの睡蓮なら大山崎美術館にもある訳で、
絵そのものが違ってもあまりびっくりしないんですよね。
で、表現したかったのは、
そうじゃないんじゃないのかなって。
そんな風に思考が働いてたんです。
知らず知らずのうちに。
オルテ・ビロンの多角形(円形)もオランジュリーの楕円形も、
求めているのは、
庭の中に居る感覚…、包まれてる感覚なんじゃないのかな…と。
そう考えるのが一番自然なんじゃないかなって。
そう考えると、楕円の意味が感じられないんです。
もちろん、人が多くて、
しかも、この部屋は撮影可能だったから、
皆が映える写真を撮りたくて、
その2m×2mの絵を背景に自撮りしたりしている人たちで充満していたから、
ちゃんと空間を感じ取れていないのかもしれません。
でも、私はそう感じてしまったことは事実。
ちょっと残念な気持ちでした。
この残念な気持ちを言葉にしようとしましたが、言葉になりませんでした。
当初の期待が大きすぎたのかもしれません。
楕円の部屋の前情報がなければ、
そんなことは気にせずに、すんなり流れていたのかも…。
あ、これはたぶん、
私がこの日見に行くまでのいろんな期待に、
この日見に行って五感で感じた情報とを、
私の思考と感情がすり合わせをして、
感想として私が感じたことなので、
人によって違うと思います。
ここで感動されてる方もたくさんいると思います。
私の場合は、ここに至る準備とタイミングが悪かったのかな?
たぶん、もう一度行くとまた違った感覚を味わうことになると思います。
その点、ご理解くださいませ。

でね、なんか疲れた気がしてね、そのがっかりで。
だから、ちょっと休憩。
そして、その休憩中に、
なにかがちょっと違った方向にいってしまってる…って気が付いて、
リセットしました。
その後は、元に戻れたみたい。
先に書いたように、
全体的には大満足の展覧会でしたので…。
ありがとうございました。
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