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冒涜

 

木造住宅を改修するときに必ずと言っていいほど必要になってくる色合わせという作業。

 

 

古い部分に新しい材が絡むときに、新しい材の白さが目を剝くために色合わせして落ち着かせたくなる。

 

特別な作業ではなく、当たり前の作業で、私も若いころは、深くは考えずに当たり前にそんな仕様を繰り返していた。

 

 

それが、私自身が年齢を重ねたり、木造住宅や古民家を触る機会が増えてくるうちに、考えが変わって来た。

 

 

もちろん、色合わせをし始めると、この色合わせはどこまで広げればいいの?…となりかねないし、

 

そんな場合の予算のことが一因という側面もある。

 

 

でも、心の底でなんとなくずっと引っ掛かっているのは、

 

その建築のために命をささげた素材たちに対する冒涜にはならないだろううか?…ということ。

  

 

現代の消費サイクルが短い建築だと当たり前のことなのかもしれないけど、

 

そうじゃない時代の、そうじゃない建物を触る場合でもそれでいいのだろうか?

 

それは単なる人間の身勝手なのではないだろうか…と。

 

 

そんなことを感じ、考え始めてから、

 

たとえ目を剝いても素材のまま使いたい…という気持ちが強まって来た。

 

共感していただける方、そうでない方いろいろで、

 

クライアントに共感いただけない場合は特に、

 

すべてその考えで…というわけにはなかなかいきませんが、

 

今色がついてる木材ももともとは白木。

 

 

見た目だけではなく、また人間のライフサイクルではなく、

 

その素材でできたの建築の周期で考えたときには、

 

いずれ、色も追いついて来ますよ、時間はかかるけど…。

 

…とご説明だけはさせて戴きます。

 

 

これがそれなりに長い周期にはなるので、

 

簡単には納得いただけないケースも多いんですけどね。

 

 

 

 

見慣れてくると、色合せしないそのままの状態の方が余程自然に見えるのは、私だけではないはずですが、

 

色の違いって、誰でも指摘しやすいし、合わせるだけでまとまった感じがするので仕方ないのかな…とも思います。

 

 

「冒涜」とは言い過ぎかもしれませんが、

 

素材へのリスペクトもかねて、そんな風に考えています。