一畳台目の可能性

 

下鴨神社を訪れたのは、その近くで開催されていた展覧会をみるため。
それと、数日前のブログで方丈のことを書いたけど、写真が見つからなかったので、

その写真を撮れればなあ…と考えて。

あくまでも、時間があれば…ですけどね。

 

…で、しっかり早めに着いたので、写真を撮り、お参りしてきた。

展覧会が予約制のためそんなに多くの時間はなかったので、駆け足になっちゃいましたけど…。

   

改めて見てみると、方丈は外観上は草庵茶室の原点と言えなくもないな…と思うんだけど、

当時の東屋はみんなこんな感じだったのかもしれないので、言い切る勇気はない。

こういう時の逃げ口上として用意しているのは、『私は歴史家じゃないので…。』

 

話は、この日の展覧会へ。

お邪魔したのは、亡き有名建築家が設計した数寄屋の住宅会場にした展覧会。

作家さんには申し訳ないけど、私的には展覧会よりも建築を見に行くついでの展覧会と行った方が良い。

これを読んでくれている方は分かっていると思いますけどね。

 

あとで展覧会の案内の方と話す機会があったので、そんな話をすると、

ご覧になってる目線で分かりました…といいながら、笑って「シーッ!」とばかりに人差し指をたてて口元へ。

 

ただし、この日は一通り建築を見て廻り、妄想した後に、この方が作品についていろいろ説明して下さったので、

すごくよく理解できて、楽しい展覧会でした。ありがとうございました。

おそらく自分一人だと、 ”ふ~ん!” と、ただ通り過ぎてしまっていたと思います。

 

で、その会場となった数寄屋住宅に、

一畳台目中板向切(向板と中板があるので部屋としては2.5帖弱くらいの大きさ)のお茶室があった。  

お茶室があることを知らなかったので、予期せぬ展開で少々心が躍る。

そういえば、この方の設計の他の住宅にも、一畳台目中板向切の茶室があったような…。

 

ただ、一畳台目と言えば、極小のお茶室。なぜ一畳台目なのか?

 

見学をしながらも、一畳台目が好きだったのかな?…とか、いろいろと考えがめぐる。

そんな一畳台目について、山上宗二記には、

唯一宗易だから使えるのであって、他のものはどうだろう…と書いてあるのだから、

小難しいお茶室の一つであることは間違いはない。

  

主客があり、道具を並べて点前をすることを考えると、これより小さくするのは無理。

いや、一客一亭を前提にもう少し突き詰めれば、物理的には台目畳を二枚とか、

点前座の台目畳と客座を半畳という大きさまでは、なんとかつくることが出来るのかもしれない。

茶事をしないなら、中板を省略しても差し支えないだろうとも思う。

この時、台目畳が二枚だと1.5畳、台目畳と半畳なら1.25畳…という大きさになる。

 

でも、闘茶や書院の茶の時代から侘茶への転換の一つとしての、

豪華な飾りを排する…という動きの中で茶室が小さくなっていったような強い意図がないと、

いたずらに部屋を小さくすることにはなんの意味もない。

そういう意味でも一畳台目が最小という考え方になるのだろうが、

その一畳台目さえ、山上宗二は普通の人には使えない…と言っている。

そんなこともあってか、私自身も一畳台目あるいは二畳のお茶室を造って欲しい…と言われると、

つい、相当な茶の達人か数寄者の方か…と勘ぐってしまう。

  

実は、以前にお手伝いをさせて戴いた「玄庵」がそんなお茶室だった。

最初にお伺いしてお話を聞くと、二畳のお茶室をご所望…という話で、

お話しながら、相当な茶の達人なのかな?…と、気持ちが少し引き締まった心地がしたのを今でも思い出す。

 

のちにその話を施主にすると、そこに建てられる建物の大きさやご自身の使い方、平生お呼びするお客様の数など、

いろんな条件を考えたうえで、これぐらいの大きさしか無理なんじゃないかな…と、導き出した大きさなので、

達人とかそんなんじゃ、全くないんです…と。

 

私から言わせれば、建築のことは何もわからない…と仰りながら、

いろんな条件を整理して規模算定までされる方なので、相当な達人であることに違いなく、

それからも相当にレベルの高い、

さまざまな議論を繰り返したのちに出来上がっていったのが『玄庵』であることを、ここに付け加えておきます。

 

さて、この日の見学に戻します。

開けちゃいけないドアを勝手に開けて怒られたりしながら、建物全体を見終わって、

ちょっと休憩…と、一畳台目の隣の六畳の和室に座って、ぼんやり一畳台目を眺めながら妄想に耽っていた。

 

ここの一畳台目は、茶道口が二枚の太鼓襖が引き込めるようになっていて、

全開すれば、一間の2/3が隣の和室側に開放できるようになっていた。

だから、一畳台目とはいえ、普段は6畳に開放して使える(中板は邪魔かもしれないけど)。

解放してあると、6畳と繋がっているから、当然結構大きく見える。

普通の住宅であれば、最初からそんなことも普通に考えるのだろうが、いざお茶室となると、

余計なことを考えて、開放できるように考えることは少ないかもしれない。まして、茶道口だし…。

条件によるでしょうけど…。

 

ただ、開放することは、二畳の大きさの空間を常に閉め切っている環境よりは、ずっと建築や建具にはいいはず。

空気の流通もあるし、建具の狂いなんかも少なくて済むだろうから…。 

 

そんなことを考えていると、ふと ↓ のような、僕の中では非常に革新的な考えが浮かんできた。

 

例えば、お茶仲間と、あるいは夫婦二人でなどで、このお茶室でお茶を点てあって楽しむ…とか、

もしくは、時々訪れる一人、多くて二人のお客さんに、このお茶室で、いつもとは雰囲気の違うお茶を召し上がって頂く。

そんな使い方なら、この一畳台目という大きさでも十分じゃないか…と。

 

そう思うと、今までは、お茶の達人の方々の独壇場だった小難しいはずの一畳台目が、

急に、とてもフランクで親しみのある趣味の世界のものに思えて来た。

そして、一畳台目っていうお茶室の可能性がすごく広がっていくのが見えた。

『茶道』という世界からの見方で考えると、『唯一宗易だから使えるのであって…』という言葉が浮かんでしまうが、

普通に訪ねて来てくれた知り合いに、いつもとは少し違う雰囲気でお茶を召し上がって戴くのに、 

堅苦しい作法は、なくても良い場合も多い…はず。

 

しばらくはいろんな展開を拡げながら、あれやこれやと考えていて、一旦は結論が出ていたので、

そこで妄想が終わった…と思っていた。

だが、部屋を変えて座り直してみると、すぐに続きの妄想が始まり、

今度はそんな考え方を以前どこかで聞いたような気がしてきた。

で、なかなか出てこないものを一生懸命考えて、やっとの思い出したのが、帰りの電車の中でした。

…で、これも以前にお手伝いした『千里のお茶の間』の考え方。

 

そこは、和室のないマンションに、布団を敷いて寝るために和室を造った案件。

この和室に、お茶はちゃんとは習ってはいないんだけど、

ちょっと心を落ち着かせたいときやゆっくりしたいときに飲む一服のお茶を、

炉に釜をかけて湯を沸かし、普段とは違う贅沢な気分でお茶を入れ、

ゆったりと戴きたいから…というご要望で炉を設えたお部屋。

だから炉の位置も、ちゃんと点前が出来る位置ではなく、敢えて普段の邪魔にならない位置に配することにした。

普段のひと時の延長だから、「お茶室」じゃなくて「お茶の間」。

今更ながら原点に返って…ちいうことかもしれないが、

考え方としてはここの空間づくりと同じような感覚でいいんじゃないのかな…って。

 

つまり、普段通りの時間を普段通りではない、とっておきの時間にするための空間なら、

そんなお茶室でも十分だということである。

 

お茶室がそうだということは、お茶(茶道)も同じで、こんな趣味のお茶室で点てるお茶は、

ちゃんと作法にのっとった厳格なお茶である必要はなく、

もっと砕けた、でも、普段とはなんとなく雰囲気の違うお茶で十分なのかもしれない。

 

もちろん、お茶室が少しフランクだからといって、厳格なお茶がダメなわけではなくて、

むしろ、厳格なお茶がそんなフランクなお茶室で出来るなら大歓迎でもある。

 

厳格さを求めたい人と求める必要がないと思っている人がいて、そこに縛られ過ぎない、

ぐっとハードルを下げたお茶やお茶室こそ、裾野を広げる意味ではずっと求められているものかもしれない…し、

そんな風に敷居を下げたお茶やお茶室に目を向けていかないと、

茶の文化、茶室の文化そのものが危うい状況にあることが現実なんですよね、既に…。

 

ただ、こんなことを書くと、そこだけを切り取って変な理解をする方もいるので話がややこしくなるんですが、

そもそも、機能しない飾り物の鑑賞用のお茶室を造るなら別ですが、ちゃんと機能するお茶室に関しては、

普通は、お茶のことを何も知らない人が、建てたい、あるいは造りたい…と思うことはないはず。

だから、お茶室の設計には、最低限のお茶とお茶室の知識をもって臨むか、

施主が建築にもお茶にも詳しい方だったら、施主に教えてもらいながら臨まないと、

使い物にならない変なお茶室になってしまうことが多いんです。

 

建築を請ける側がそこを割と簡単に考えてしまっていて、軽く請け負ってしまうケースも多いので、

依頼する側がそれを理解しておかないと、思っていたものと違うものになったり、

ほとんど使えない、または非常に使い難いお茶室になりかねないということを頭に入れておく必要はあるでしょう。

これも何度も書いてることだし、そんなお茶室が出来てしまって困ってる人が多いというのも現実なんです。

 

そのややこしい話は確実にクリアするとして、その上で、一畳台目がずっとフランクになったんだから、

一畳台目という極小の茶室も、我々も抵抗なくご提案できることになったということです。

 

…というふうに考え、一畳台目の可能性も広がってきた訳ですが、

さて、実際に一畳台目を造るとなると、

例えば、今ある和室を仕切ってつくるとか、そんな比較的簡単な工事で作ることが出来そうなお茶室では難しく、

コストの問題が発生してくるかもしれません。

小さいものはスケールメリットがないため、小さいから安い…という単純な話ではなくなることが多く、

かえって高くつくこともありますから…。

 

そう考えると、六畳を二つに割った三畳ぐらいで、簡易的な間仕切りで作るお茶室というのが、

一番簡単で造り易いのかもしれません。フランクでコストをできるだけ掛けないお茶室を造る場合はね。

 

今日は、頭で考えていた一畳台目の小難しさは消えたので、お要望があればいつでもご提案しますよ!

…という内容にしようと思って書き始めたのですが、

使える和室があって、コストを抑えて茶室を造るには、やっぱり三畳ぐらいが造りやすいし、

多少でも部屋が広い分いろんな使い方もできるということで、

やっぱり三畳ぐらいのお茶室が、造りやすいのかもしれないな…という話になってしまいました。

出来るだけ簡易に造りたい場合の話ですけどね。

 

そうではなくて、新しく建てる…とか、増築を考えている…とか、または、ご予算的にも敷地的にも少々余裕がある…とか、

または、その他でも、今思いつかないけど、そんな特別な事情で一畳台目に向き合うなら別ですよ。

そんな場合には、普段通りのティータイムが、

とっておきの極上のティータイムになるような、そんな一畳台目のお茶室をご提案させていただきますよ。

チャレンジしてみてはいかがでしょう?

もちろん、使い方を考えて、それが適してるとなった時だけね。

違う間取りの方が良いと思ったら、そうじゃない提案をしますから…。

 

考え方や出来上がりの可能性は無限大。

まずはご自身の使い方を整理して、そこから一緒に無限大の可能性を探っていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとうございました。