作家の野口寛斉さんの作品と藤田美術館のお茶室とのコラボ茶会に寄せて戴きました。
藤田美術館のお茶室は、コロナの影響もあって初使い…とか。
これまで、知人と藤田美術館の展示を見に行っては、
お茶室は使ってないのかな?
使わないのはもったいないね、
…などと話をしていただけに、
今回のお茶会の話を聞いた時には、
二つ返事で飛びつきました。
作家の野口寛斉さんは、
ミュージシャンを経て、作陶を始められた異色の作家さんのようで、
現在は、宝石になれなかった真珠を釉薬に変えて作陶を探求をされているとか。
本来は、そんな簡単な説明では語れないのでしょうが、
御興味のある方は、検索いただくこととして、ここはご了承ください。
そんな作家さんにも、
今回は、席中でいろんなお話をお聞きする出来ました。
…とはいえ、
いろいろお話しいただいたんですが、
私は私で他に少々気を取られることがありまして、
意識を作家さんに戻し、
気を取り直した時には、
既に半分ぐらい話が過ぎていて、
右から左にお話しが通り過ぎたあと。
もう取り戻すことができませんでした。
申し訳ありません。失礼いたしました。
作品は、席中のお道具類に加えて、
会場中に展示が配してありました。
違和感なし。
留め石にも。
藤田美術館の
いつもの象徴的な窓にも…。
広間の床の間にも…。
…と、
全体に ↑ こんな感じ…。
モダンなんですが、
縄文文様も意識されていたり、
絵柄のモジュールが単純な形態であったりと、
茶室、和室、和風などとも
何とも言えない親和性を感じました。
…が、作品が基本的に白黒なので、
使い方にメリハリがあった方が、
もっと良かったかもしれません。
さて次は、私の本題、お茶室「光雪庵」。
今回は、簾はなし。
私の感覚としてはね、
やっぱり、簾で中の明るさを調整しないと、
明るすぎて、緊張感も欠けてしまい、
白けてしまうんですよね。
特に小間のお濃茶は…。
これは私の個人的な考えなのですが、
小間のお濃茶の場合は、
部屋を薄暗くすることで、
客が意識しないと亭主の手元が見えにくくなり、
それによって集中度が増し、
場にも張り詰めた緊張感が生まれ、
亭主の点前にもその緊張感と張り詰めた空気が伝わり、
その緊張感と張り詰めた空気の中で練ることで、
お濃茶がおいしくなるんじゃないかな…と。
すごく観念的な話ですが、それが、
小間茶室という空間でお濃茶を戴くことの一つの効果であり意味なんじゃないかな…と私は思っていて、
その空間演出でお濃茶の味も変わってくるんじゃないかな…と。
だから、
薄茶だけならともかく、お濃茶のときは、
出来るのであれば、
その空間演出にも気を遣った方が、
客側も楽しめるし、美味しいお濃茶が戴ける…と本気で思っています。
お借りするお茶室で、演出が出来ない場合は仕方ありませんけどね。
お茶室の写真は、以前に撮った写真です。
今回は、各開口を開けてあったのに、
撮り忘れ…。
間取りは、三畳半で、点前座に道庫つき。
少々変わった大きさで、
簡単に言うと、
四畳半の畳一枚分を床の間にした間取り。
三畳半で台目切だし、茶道口の位置もあって、
使えるスペースは広くはない。
美術館のお茶室ということを考えると、
もう少し広い方が使い易いんだろうな…という考えもできるけど、
美術館だからこそ、
こういう大きさのお茶室があってもいいのかも…とも思ったり。
床の間は、原叟床風に板畳をいれ、赤松の床柱を立ててはいるが、
床框を廻して床を一段上げているので、所謂原叟床とは少し違う。
偶然お会いできた館長に聞くと、
元々あったお茶室は原叟床を備えていたということでした。
その流れで原叟床風にしたのか、
もともと同じような作りの床の間だったのか。
細かいところは不明ですが、
元あったお茶室の流れであることは間違いないようです。
矩手に廻った床框はおそらく神代杉。
L型に張った地板は、よく見えなかったけど、
松っぽい感じで、板目の方向が違ったような気がするので、
一枚板ではなかったように思う。
まぁ、今あの大きさの一枚板はなかなか大変だからね。
よく見えなかったから、一枚板だったらごめんなさい。
掛け込み天井の下がり壁の壁止めは、おそらく香節。
その他の材料は、
所謂お茶室の材料と大きく変わりはなかった…と思います。
見れた範囲ではね。(見落としてるかも知れませんが…)
お茶会は、小間で濃茶を一服。
広間で薄茶を一服。
お茶屋さんで、団子と番茶を戴いて、
美術館の展示を鑑賞して…と、
短時間で盛りだくさんの工程で終えました。
広間の薄茶席のお菓子はカヌレ…と洋菓子でした。
洋菓子でも、全く違和感なし。
身内でお茶事もどきのことをして遊ぶときには、
我々も洋菓子を使ったりしますしね。
ありがとうございました。
コメントをお書きください