茶室の天井は三つに分かれている…ものが多い。
いや、多いわけでもないのかもしれない。
一枚天井のものだってあるし、二つにしか分かれていないものもある。
どれが多いかと言われたら、実際はわからない。
なぜそんなことを言うかというと、
以前私がお手伝いさせていただいたお茶室で、
「このお茶室の天井は三つに分かれていないけどなぜか?」
というような質問があったが、どう返事したらいいか?
…と問い合わせがあったから。
それも、私に聞いてくるということは一人二人ではないのかも…。
言いたい人には言わせておけばいいんだけど、
施主にしたら、そういう訳にもいかないだろうから、
納得しやすい…であろう理由をお伝えした。
でも、なぜそんなことをなるのだろう。
待庵がそうだからなのか?
理由はよくわからないが、それが一般的な認識なのか?
その人だけの思い込みなのか?
それが一般解…というような書き方をしてある本やサイトが多いということか…。
本はともかく、サイトは鵜呑みにしない方がいいですよ。
自分で検証もしないで、
どこかのサイトからコピペして、
最もらしく書いてるだけのものもあるし、
AIだって、そんな間違ったサイトから拾ってきた情報の可能性もあるから、
合ってるか間違ってるかの検証は自分でする他ない。
検証は必要です。
だまされないように。
この三つの天井の意味として、
一般的には、
天井にも真行草があって、
貴人畳の上が「真」で平天井、
客畳の上が「行」で掛け込み天井、
点前畳の上が「草」で落ち天井…と言うことになっている。
点前座の落ち天井というのは、
遜る…と言う意味が強いのと、
そこで亭主が茶を点てるのだから、清潔感を現わす…と言う意味で天井が張られている…と、
書かれているものが多い。
点前座廻りに西の内の紙を張るのと同じような意味合いですね。
「行」の掛け込み天井は、化粧屋根裏だから、
天井が張ってある訳ではありませんからね(建前では…)。
で、「行」の掛け込み天井は、
狭い空間の圧迫感を緩和するため…と書かれているケースが多い気がします。
これも、私的にはちょっと疑わしい…と思っている。
ちなみに、化粧屋根裏といえば、
寝殿造りの廂の間が化粧屋根裏であり、
これはその建物の中心である母屋に対するその周囲の空間で、
母屋よりも一段格の低い空間であった。
貴人畳よりも一段格の低い席…と言う意味で、
そんなヒエラルキーが踏襲されているのかも?
ただし、三つに分かれているとはいえ、
待庵の場合は、「真」であるはずの貴人畳の上の天井と、
「草」であるはずの点前座の天井の高さが同じで、材料も同じ。
先程説明した一般論とは少し違っているので、
真行草の一般論は、
待庵の天井とは違ったところから波及した可能性もある…。
また、待庵が三つに分かれているから千家流の茶室がみんなそうかというと、
一畳台目向板という待庵と同じ二畳の空間である
裏千家の今日庵、表千家の反故張りの席はともに掛け込み天井の一枚天井だし、
武者小路千家の官休庵においても、一畳台目の範囲は蒲の平天井の一枚天井で、
踏込みとなる一畳台目からはずれた板畳の部分だけが駆け込み天井となっている。
また、裏千家の又隠は、掛け込み天井と平天井の二枚天井である。
情報がないものもあるので、はっきりしたことは言えないが、
三つに分かれているとはっきり言える小間茶室は、不審庵ぐらいなのもしれない。
そういう意味でも、三つに分かれていないといけないということはないのではないか。
ここで、上にあげた千家の不審庵以外の各お茶室を改めて考えてみると、
どれも点前座が正方形の部屋の中に納まっているお茶室である。
設計の立場から、空間的なまとまりを考えた時に、
二畳ぐらいの部屋の天井を三つに分けるのは、なかなかに難しい。
だからこそ、待庵が秀逸だという言い方も出来るが、
たった二畳の空間の天井なので、
普通なら一枚天井がやっぱり一番まとまる。
これが点前座が台目で正方形から飛び出している二畳台目だと、
その部分を別の天井で考えやすいから、二つには分けやすくなる。
これが三畳になったのが不審庵。
不審庵の天井は、バランスが、整い過ぎてるぐらいに整ってる気がする。
それはいいとして、
つまり、三つの天井が前提ではなくて、
やっぱり空間的なまとまりを意識して、
まとまりを考えた上での分け方なんだと思う。
それともうひとつは、掛け込み天井。
掛け込み天井は、あくまでも化粧屋根裏…つまり、屋根裏なんです。
屋根の形を無視した化粧屋根裏をつくれなくはないけど、
理屈として、その意味を抑えて置きたいってこともあるかも…。
どうしても…と言うことや、
全然理にはかなってないけど、
内装的に作っちゃう…ということも否定できないけどね。
あと、高さについて、
圧迫感の緩和って、言ってることはよくわかるけど、
ほんとにそうなのかな?…と思うところもある。
狭いとはいえ、席入り時の拝見以外は、ほとんどが座して使う空間です。
座ってしまうと、天井の圧迫感ってそれほど感じないのでは?
実際、一畳台目の席でお呼ばれしたこともありますが、
そこの天井は、一枚天井でしたけど、
私は、特に天井の圧迫感は感じませんでした。
背の高い人なら感じるのかもしれません。
利休は、180cmを超える当時としては大男だったという話ですから、
圧迫感を感じて駆け込み天井で高くした…と言うことも考えられなくはないですけど、
それも座ってしまえば、そんなに変わらないはず。
何かの文献に書いてあるのかもしれませんが、
推測でしかないのかも…って思います。
よくわかりませんが…。
ちなみに、待庵の天井をちゃんと調べようと、
手元にあった『待庵 侘び数寄の世界 中村昌生著』のページをめくりましたが、
目次には天井の文字はなく、本文中にも、天井については少ししか書いてなかったように思います。
唯一の利休の遺構で、
いろんな意味で、いろんな考え方がある待庵だからこそ、
中村先生は、ご自分が検証した内容しか信じておられなかったのかもしれません。
そういう意味では、天井もそれほど重要視していなかったのかもしれませんね。
他の本には、もっと詳しく書いてあるのかもしれませんので、
時間のある時に、他の文献も調べてみることにします。
そう書いていてふと思い出しましたが、
中村先生は、
瑞峯院に復元された五尺床の待庵に否定的なご意見を持たれていたような記憶があります。
私は、瑞峯院の待庵は見てないけど、
さかい利晶の杜のさかい待庵を見ると、
僕的には、やっぱり本歌の方がバランスがいいように思います。
習作とは言え、
細かなところまで考えつくされた待庵で、
あのバランスを本当に利休は選んだのかな?…と考えると、
僕自身も、自分の感覚を信じたくなります。
今日の話の天井だけで考えても、
それぞれ少しづつ違う天井のですが、
やっぱり本歌が一番きれいに納まってると感じます。
私は歴史家じゃないので、
文献や史実はわかりませんが、
そんな気がします。
ありがとうございました。
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