打ち合わせで神戸に行った帰りに、旧山邑邸…ヨドコウ迎賓館 に立ち寄った。
何年ぶりだろう…。
何年ぶりかはわからないが、最初に来たのは仕事を始めて間もない頃だったように思う。
昔は、よく建築巡りをした。
一日に何軒っていう建物を見て廻った。
今でも気が向いたらぶらぶらは行くけど、
昔みたいに、詰め込んでははいかない。
疲れるから…。
よく行った頃は、
安藤建築が、発表されれば全て話題になる時代だったので、
安藤建築を見て廻ることも多かった。
ただ、安藤建築ばかり見ていると、
その無機質さにだんだん疲れてきて、
この建築を見て、生気を取り戻した…という大げさな記憶がある。
でもそれは、たぶん、後から取ってつけた旧山邑邸贔屓の記憶だと思う。
安藤建築の無機質感に疲れた心は、この建築を見ただけでは一気に戻らない気がする。
多少は戻るけどね。
で、ここは、その後も何度も見学に行っている。
でも、最後が何年ぐらい前かは、全く覚えていない。
修復やら、阪神大震災の復旧やらで閉めてた時期もあったしね。
少なくとも、写真のデジタルデータは残っていないようなので、
ほんとにないか、もしくは、
初期の頃で画素数があまりにも低くて、使用に耐えないから抹消したかのどちらか。
…となると、20年ぐらい前後になるのかな?
おそらく震災前か、震災後の復旧を終えた後ぐらいかな。
この辺を通ると見えるから、
そんなに時間が経ってる気はしないけどね。
この旧山邑邸は、灘の造り酒屋、山邑家の何代目だったか主の別邸としてら建てられた建物。
1974年に大正期のRC住宅として、初めて国の重要文化財に指定され、
1998年に芦屋市が建物北側の土地を買い上げて、緑地として整備、
更に、2023年には、かつての温室や池の後、大谷石を敷いた渡り廊下の遺構が発見され、
土地を含めた重要文化財に新たに指定された…とか言ってたと思う。(うろ覚え…)
設計は、言わずと知れたフランク・ロイド・ライト。
僕の中でのイメージは、
ライトが帝国ホテルの仕事で日本に来ている時に設計し、
帝国ホテル(1921年竣工)が終わってアメリカに帰国後は、
弟子である遠藤新(えんどうあらた)と南信(みなみまこと)が現場を引き継ぎ、
1924年に竣工した。
1947年に株式会社淀川製鋼所が社長邸として建物を購入し、
1989年より「ヨドコウ迎賓館」として一般公開した建物。
好きなライトの建築に、一番近くで触れることが出来る建築…と、
昔は、何度も見学に来た。その後、間があいちゃったけど…。
建物は、帝国ホテルや自由学園明日館を見たときの印象と大きくは変わらない。
傾斜地に建っていることもあり、レベルの変化は一番大きいのかな?
帝国ホテルは玄関部分しかないからよくわからないけど…。
でも、今だとバリアフリーだなんだって、否定されそう…。
レベルの変化って、空間に変化が生まれて楽しいんですけどね。
家の中での移動は大変かもしれないけど…。
あと、大きな違いは、ここには他にはない和室があること…かな。
他にも和室はあったのかもしれないけど、記憶にない…。
ここでも、当初のライトの設計時点ではなかったようで、
ライトが帰国後、施主の希望で儲けられたそうです。
ライトのデザインと和室の融合に、見た感じの違和感はあまりないけど、
それは今の、和洋風というか、なんちゃって和風を見慣れてしまっているからかもしれない。
当時の所謂和風しか知らない人にとっては、やっぱり違和感が満載なのかも…。
それと、この時代にしてオール電化。
周囲の家はまだ薪で風呂を焚いてる時代にオール電化。
電鉄会社から電気を分けてもらってたんだって…すごいこと考えるな。
見学で廻ってみて、冷静に考えてみると…、
やっぱりこの建物で生活するのは、レベル差が大変かも…。
私が、この年になったからそう感じるのかな?
でも、当時は、女中さんがいる優雅な暮らしをされてたんだろうから、大丈夫か?
久しぶりに見た旧山邑邸。
昔みた時は、大谷石もそれなりに傷んでいた記憶があります。
それもきれいになっていて、大変満足しました。
以前に比べると、見学者の方が随分増えた気がします。
外国人の方も多かった…。
今回新たに聞いた話以外は、昔の記憶を頼りに書いた文章です。
その後の私の妄想が、勝手に切った、貼った…とした部分もあると思いますので、
事実関係は保証できません。あくまでも私のイメージでの話…とお受け取り下さい。
※事実については、ご自身でお調べくださいませ。お願いいたします。
ありがとうございました。
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