炭点前を終え、食事のために小間から広間へ移動していただく。
小間から広間への移動は、外を通ってもらうのはあまりにも面倒だし、時間のロスも大きいので、決して広くない、そして、準備している物であふれた勝手を通って戴くしかない。二枚折で目隠しをしてはいるが、なんとなくの消化不良感は否めない。ここのお茶室は、小間の時は小間だけ、広間の時は広間だけ…という使い方しか想定していなかったのかな?…と、コンセントも含めてそう感じるところが随所に。
この日の食事は懐石ではなく、煮物碗付きの松花堂弁当。
利休は一汁三菜としているし、小林一三の北摂丼会では、向付で一献のあとは丼で小腹を満たし、茶の趣向を楽しんだ…という。亭主の心がこもっていて、美味しく食して戴けるものなら、茶事の料理がしっかりとした懐石料理のように華美じゃないといけないということはない…。
食事のあと、主菓子をお出しし、召し上がっていただいた後に、中立へ。
主菓子は芋きんとん。
銘は?と聞くと、特に無し。「芋きんとん」です。だから、お好きに付けてください…と。
色と見た目の雰囲気と語呂から、「金団雲」という銘を付けさせていただきました。
中立前の露地は、当然ながら落ち葉が半端じゃない状態に。これはもう手に負えないということで、滑ると危ないので飛び石の上の落ち葉だけを取り払って、打ち水して準備完了とする。
飛び石の上の落ち葉の掃除も、本当はいたちごっこなんですけどね。
後日、何かの本に露地の落ち葉のことが書いてあったな…と思い出したので、探してみました。こういう場合は、見つからないことが多いのですが、今回は奇跡的に見つかりました。その本は「茶話指月集」。
「茶話指月集」は宗旦が語った茶話をもとに、藤村庸軒が書留め、久須美疎安が編集した茶書です。そこには利休の『露地の掃除は、朝の客ならば宵に掃かせ、昼ならば朝、その後はおち葉のつもるそのまま掃かぬが巧者也』という言葉が載っていました。でも、なぜこの内容が記憶に残ってたんだろう?
何が正解かは私にはわかりませんが、あの状況で落ち葉を全部掃除するのは現実的に不可能なので、今回の方法もいくつかある正解の中のひとつなのかな…とは思います。
余談ですが、今回引っ張り出した「現代語でさらりと読む 茶話指月集・江岑夏書」(谷端昭夫)を、パラパラと斜め読みしていると、次のようなことが書いてあるのを見つけました。(これは覚えていなかった…)
『昔の人は露地の水の打ち加減を吟味していました。たとえば、口切の時期には、客が席入する頃に飛石に打った水が三分の一ほど乾いているのをよしとし、ひどく寒いときは水は打たず、夏は涼しげに打って露地を湿らすのをよしとしていました。それでも、躙り口の石の一つは水で湿らさないのが古来の習わしです。』ちょっと興味深い内容ですが、私自身はそんな風には教わっていないし、私がお手伝いした茶事でも、これまで参加させていただいた茶事でも、時間が経って乾いてしまったものは別として、飛び石は濡れた状態を保って客を迎えていました。それ故に、夏場のお手伝いの時には、打ち水をしてから時間が経つと、乾いていないかが気になって気になって仕方がないので、客が出てくる直前まで何度も水を撒きに行き、躙り口の掛けがねを外す音がして、慌てて裏に隠れる…ということもよくあります。また、躙り口の前の沓石を湿らさない…というのも個人的には聞いたことがない。『昔の人は…』と書かれているので、宗旦の口伝の時点で、すでに形が変わっていたのかなと思ったり…。
中立後、客は再び腰掛待合へ。
食事と中立の間に、小間では濃茶の準備。
広間では食事会場の装いを一変し、濃茶のあとの薄茶の準備を開始。
銅鑼の音で、再度小間へ入室していただく。
銅鑼の音は余韻を大切に…。
例によって、客が入室し、着座したタイミングがわかり難い。
張り詰めた空気と緊張感の中での濃茶。
小間茶室では、客の入口と亭主の入口が同じ面にあることは少なく、正対あるいは直行方向にある場合がほとんど。つまり、露地側に躙り口と窓が取られていて、勝手側には窓がないケースが多い。そして、客は外壁を背にL型に座ることが多く、窓はほとんどの場合、客が背負う壁の客の肩より上方ぐらいにあることになります。これは、点前座から見ると逆光となり、客に後光が差して、顔が影になって亭主からは見えにくい状態。逆に客は窓を背負っているので、亭主の顔もしくは姿が見やすい状態になっています。
この状態は、初座と呼ばれる席入りから食事まで(今回の食事は広間でしたが…)のうす暗さでもそうですが、濃茶になるとすだれをいくつか上げるので、室内に取り込む光が少し強くなり、より亭主側から客の顔が見え難く、逆に客から亭主は見易くなります。射し込む光にそこまでの指向性はないとはいえ、亭主及び濃茶点前をする亭主の手元にスポットライトあたるのに似た効果があるように思います。(見え方は、簾の上げ方で、室内をどれぐらい明るくするかによって、大きく変わります。)
じゃあ、点前座の勝手付に窓がある茶室はどうなんだ!…と言われるかもしれませんが、今の茶事では基本的に、小間茶室は簾で光を調節しますし、勝手付の窓は、如庵の窓も燕庵形式の色紙窓も、たとえ亭主の顏が逆光で見え難くても、手元あるいは道具が逆光にならないような位置にあけられているケースが多いのは、そういう配慮もあるのかな…と思ったり。
でも、如庵の点前座の勝手付の窓などは、そんな理由で竹を詰め打ちして光量を落として有楽窓に仕立てたのかも…などと考えたら楽しくなってきませんか?
そういう考えで改めて風炉先窓を見てみると、これは亭主の顔も手元も同時に照らすことが出来る絶妙な窓だな…と改めて感心したり。
また、如庵にしても、燕庵しても、歴史の大勢がほぼ決まった時代の茶室。造ったのが織田有楽と古田織部ということで、ともに大名。殿様が点前座に座るのだから、その点前座に後光が差しても誰も文句を言わないだろうけど、これが利休や道安、少庵の茶室で果たして許されたのかな?…みたいなことも考えてみたり…。
小間での濃茶の点前は、そんなスポットライト効果の光を受けて、かつ、直近からの客の痛いぐらいの、それも虫眼鏡で火をつける時ぐらいの一点集中の視線を浴び、張り詰めた空気と緊張感の中で無言で展開される。耳に入るのは、茶の湯の三音と言われる、釜の蓋を切る(ずらす)音、茶筅通しの音、茶杓を茶碗の縁で打つ音、あるいは、釜の煮える音、湯水を汲み入れる音、残りを釜に返す音に加えて、帛紗のちり打ちの音…のみ。逆光で亭主から客の顔はあまり見えないが、客の痛いぐらいの視線と押し殺した息使いは十二分に伝わる。
客の直近からの視線があれだけの近さなのだから、点前のディテールの大切さを痛切に感じる。うす暗いが故に、客は亭主の手元を否が応でも凝視することになり、その視線と無言のプレッシャーが緊張感を高めていく。その手先の微妙な動きに、客のすべての目が全集中する。茶室という小さな空間がその演出効果により、必然的にそんな圧を感じるよう仕向けてくる。「神はディテールに宿る」と言ったのは巨匠ミース・ファン・デル・ローエだが、ディテールの大切さは、建築にも通ずるものがある。全体の印象はディテールに支配される。ディテールがない建築やディテールが粗っぽい建築も物理的には出可能だが、そんな建築の印象は、印象の薄い建築や粗っぽい印象の建築になってしまう。そんな話を知人にすると、ディテールが全体を支え、イメージを左右するというのは、案外何事にも通じるものなのかもしれない…と。確かに。点前も然り。ディテールが自然できれいでなければ、全体として自然できれいな点前にはならない。あの距離感で凝視される訳だから、自然できれいな点前は、茶事の全体の印象を司る大切な一つの要素になり得る。だからこそ必要となるのが、自然で美しい所作なのか…と考えると、納得しやすい気もする。稽古は茶事の割り稽古…という意味は、そういう概念までを含めてのことなのかもしれない…。
茶杓の銘の話で、「ご縁」の話となった。この日の茶事はの開催は会場を予約したときに決定したが、実はそれよりずっと以前から決まっていて、そのご縁がこの日にまつわるいろんなことを事前に引き寄せたのではないか?…と。この日の客とのご縁も、ご縁で面識を戴いたからお呼びした…と言うことではなくて、時系列はおかしいんだけど、この日の茶事が元々決まっていて、そのご縁が事前に出会いを引き寄せたのでは?…と言う考え方。ひょっとすると、先程の落ち葉の話もそういう理由で記憶に残っていた、あるいは、思い出した…とか。
そんな風にいろんなことに思いを馳せ、考えることがどんどん広がります。
次回に続く
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